その日は、会社を休んだ。
いや、休まされたと言うべきだろう。
「吉澤さん、今月は必ず病院に行きましょう。お願いします。」
彼女は、どうしても、僕をある大学病院に連れて行きたいようだった。
大学病院に行くということは、何か重い病気を患っていると思われるかもしれない。
でも、それは違う。敢えて言えば、怪我の部類だ。
肩の脱臼。
数年前から一年に一度ぐらい肩が外れて救急車を呼ぶ事態になることがあった。
今年はそれを社内でやってしまったので、僕の脱臼癖はほぼ全社に知れ渡ることになってしまった。
脱臼すれば病院に行って元の場所に戻してもらわなければならない。
元に戻ればしばらく肩を固定し腕の動きに気遣いながら日常生活を過ごせばいい。
それが多少窮屈に感じることはあるけれど、痛さは過ぎてしまえば忘れるし通院なんて面倒なだけだ。
それなのに、彼女は違う。
病院に行ってきちんと診察を受けるのがいいと、強烈に勧めてくる。
そしてなぜ大学病院がいいのかを熱意を込めて語ってくれる。
そんな大学病院は、彼女が大変に気に入っているところのようだった。
もちろん、世間的にも有名で大物と言われる人が緊急入院するところでもある。
脱臼は怖い。
外れてしまうのは一瞬だがその後の痛みのひどさは耐えがたいし、元に戻すときの恐怖は、
いっそのこと安楽死したほうがマシと思えるぐらいだ。
そんな思いを毎年するぐらいなら、大学病院でもどこででも診察を受け、
きちんとした治療方法の指導を受けるのが良いのは当然だろう。
それにしても、気が進まなかった。
しかし、「今月は必ず」などというメールが来てしまったときは、逃げられないと思った。
彼女に会ったときの視線には、『連れて行きます光線』が思いっきり出ていた。
そんな彼女の熱い思いに、「では20日なら大丈夫です」と応えざるを得なかった。
僕は、追い込まれてしまったのだ。
(この物語はフィクションです。)
[0回]
PR