店は、まだ開店していなかった。
その近くの店は、どこも開店していなかった。
この辺りでは12時から開店するようだ。
「あと30分ぐらいです。他を探しますか。」と彼女がいう。
「それでもいいけど、どこかで待てるならそれがいいな。公園とかあればね。」
そんな提案をしたけど、そんなに便利な場所はなさそうだった。
またそれに肌寒かった。こんなとき、公園はないだろうって自分の言葉に言い返した。
歩いてきた通りを元に戻って行くと、交差点の信号が二人の足を止めた。
その時「あっ、ここがあった。」と彼女が何かに気がついた。
それはある博物館だった。
こんな博物館がこんなところにあるなんて、僕はまったく知らなかった。
「ここは無料ですし入ったことあるけど、いいですよ。」
通りをただ歩いているよりもいいと、突如気がついた彼女と博物館に感謝した。
博物館の中は二人の他に見学者がいなかった。
博物館と言っても、地味な場所だ。
休日は子供たちなどで賑わっているらしいけど、平日の来館者は少ないのだろう。
受付けの担当者が可愛そうに思えたぐらいだ。
予期しないことだったけど、二人だけになった。
僕はいかにも珍しそうに展示物を見学していたけど、彼女は歩き疲れたのかベンチに座り込んだ。
すると彼女は博物館のガイドを広げて話し掛けてきた。
そんな彼女のしぐさに、ふだん持たない感情が沸きあがってきた。
ガイドは自分も持っていたけれど、話しかけてきた彼女が広げているものを二人で一緒に見る格好になった。
隣に座っていいものだろうか、と僕は思った。
広い展示室に二人しかいない。お互いに特別な感情は持っていないはずだった。
頭の中にそんな思いをよぎらせていると、彼女の声で我に帰った。
「ここを見てください。」
「えっ」と答えたとき、僕は彼女の隣に座っていた。
「けっこう、いろんなものを置いているんだね。」
博物館にたくさん展示物があるのは、何も不思議なことでない。
これだけあれば、見学者だっていていいはずなのに、今は二人だけだ。
僕は、そんなことばかりを考えてしまっていた。
隣には座ったけれど、少し距離を置いて上半身を倒し、ガイドを覗きこむ姿勢になった。
それでも彼女の息遣いが伝わってきた。
(この物語はフィクションです。)
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